昨日、アジア最大級の市民マラソン大会の「東京マラソン」が開催されましたね。
こういう記事は「としわすれ」のスタンスとは反するんですが、書かずにはいられなかったので、松島の予定を変更して書かせていただきます。
松島は明後日くらいに。
この東京マラソン、もちろん僕も応募しました。残念ながら落選しましたが。まあ入院したから当選してても出場は無理でしたけど。
自分が出たかったからと言うわけではないですが、結論から言うと僕はこの大会は大成功だったと思います。
開催前から大会に否定的な意見が多く聞こえましたね。首都封鎖の問題やら、市民ランナー達からも3万人と言う規模への懸念の声。
差し入れの食料の不足、トイレの混乱、最後尾からスタートまで30分という大方の予想は、ずばり的中していました。
ただ僕はこの大会は、東京国際とかとは違い、東京をあげてのお祭りだと捉えています。
何が言いたいかというと、お祭りのデメリットなんていくら挙げてもキリがないということ。
道路封鎖による客足減少への文句。「完全な営業妨害」と言っている人も何人もいました。
その中で、僕の言いたかったことをズバリ言っていた人が、今日朝の情報番組で取り挙げられていました。
和菓子屋のご主人だったように思いますが、この様な内容でした。
「初めは不満も言ったけど、もう今日は祭りだと思って、営業なんてどうでもいいよ(笑)。みんな楽しそうだしね」
走る人はもとより、沿道の人達も本当に雨の中楽しそうに応援していました。
先に挙げた差し入れ食料の不足も、それを不憫に思ったのか、応援したい気持ちからか、
ボランティアではない一般の人が、ランナーに差し入れを配っている風景が多く見られたそうです。
僕も去年山梨でハーフを走りましたが、これは本当に嬉しいです。
この光景が都心のど真ん中で見られるとは。都会の人の人情が希薄なんて話は吹き飛びました。
その光景を今朝テレビで見て、ちょっと涙ぐんでしまいました。
もうひとつ印象に残ったのがゴールシーンです。
何人かがゴールした後、ゴールテープかコースへかは分かりませんが、振り向いて礼をしていました。
この大会が引退レースの有森さんも振り向いて礼をしていました。
有森さん程の強い思いではないにしても、みんなそれぞれ色んな思いを抱いて振り返ってると思います。
中には、婚姻届を服に縫い付けて走った男性もいました。レース途中でコースから外れ赤ん坊に授乳する女性もいました。
それぞれの思いを抱いたどの「礼」もとても胸に迫り、家でひとりまた涙ぐんでしまいました。
上のは全部後日談ですが、実は成功を確信したのは、レース中継が始まったその瞬間の映像でした。
朝から大雨で、妻と二人で、「出れなくて良かったね」 「みんな可哀そう」 「行かない人も多いだろうね」 などと言ってたんです。
テレビをつけた瞬間、そんな事を言っていた自分が恥ずかしくなりました。
もうランナーのみんなははち切れんばかりの笑顔。笑顔。笑顔。
本当に祭りに参加できる喜びに溢れていました。
ああ、お祭りなんだなあ。みんな待ち焦がれていたんだなあ。と初めてちゃんと認識しました。
やはり最後は人の力だと思います。これはもう成功する事に決まってたんだな、と変な納得をししたのを憶えています。
これだけの笑顔があれば、問題は後からどうとでもなるし、でかい祭りには何百年続こうが問題は毎年付いてくるものだと思います。
ちょっとまとまりのない長文になってしまいましてすいません。なんとかこの感動をまとめたかったのですが。
来年ももちろん応募します。今度はレース中の画像入りで書きたいですね。
それでは、まとまらないままこの辺で。
最後にひとつ。
女子優勝の新谷仁美選手。いや新谷仁美ちゃん。
彼女はまだ18歳で、この2時間31分の優勝タイムは、jrの日本歴代2位の記録です。
凄い!!
僕は、新谷さんの事は、彼女が高校時代からの大ファンでした。
彼女の出身の岡山県の興譲館高校は、僕の母校のすぐ近所。
僕の母校は運動部が盛んではなく、友達も多く通う興譲館の運動部は、母校のように応援していました。
その興譲館を念願の日本一に導いたのが、新谷仁美さんです。
京都の都大路で、花の一区で日本人初の三年連続区間賞。2年、3年時は連続区間新です。
史上初の18分台と、まさに圧巻でした。
日本代表にも選ばれ、横浜国際ではアンカーで区間賞。まさにスーパースター。
今回の東京マラソンは、練習ではまだ30キロまでしか練習してなくて、経験の為だけに急遽のぞんだ大会だったそうです。それでこのタイム!この天候の中凄すぎです。
小出さんは、45分くらいでゆっくり走れと言っていたそうです。
奇しくも同じ岡山県出身の有森さんの引退レース。同じ同郷人として、このバトンパスが見れて嬉しかったです。
という事で、新谷仁美選手にみなさん注目しててくださいね。